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戯曲の一等最初のト書きが好きである。自分で書くときも一等最初のト書きには精魂を尽くす。それだけ劇世界の出だしは重要であり、これから始まる物語の全てが詰まっていると言っても過言ではない。
演劇生活も30余年になり、読んだ戯曲、演出した戯曲、そして自分が書いた戯曲は優に1000本は越えている。その多くの戯曲の中から毎回1本を取り上げ、ト書きから見える、見えた、見ようとした、未だ見えない様々な風景を書き継いでいく。
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第五篇 佐藤信「阿部定の犬」('74年)
<序>
舞台前面に敷布の幕が引かれている。その前に腕木にブリキの三日月を吊り下げた電信柱が一本。
ト、ひとりの男が居る。どぶ鼠いろのレインコートにソフト帽。眼ばかり血走らせた百歳の老人。首っ玉に旧式の携帯写真機をぶら下げている。街頭写真師である。
<第一章>
幻燈の文字。
「戒厳令」
「施行中であったにもかかわらず」
「帝都では、女たちがつぎからつぎへと妊娠していた」

 喜劇昭和の世界三部作=「阿部定の犬」「キネマと怪人」「ブランキ殺し上海の春」の第一作である。
 見果てぬ革命幻想を様々な意匠にくるみ、まとわせ、書き継いでいた当時の佐藤信と黒テントは、唐十郎と紅テントとともに時代の寵児だった。唐/紅が粘っこい体質で、肉体派=右翼的だとすれば、佐藤/黒は頭脳派=左翼的だった。
そんな当時の代表作が今回取り上げた「阿部定の犬」である。
 この戯曲で佐藤は遂に天皇を死去させた。本当に天皇が死ぬ15年前のことだ。しかし、その仮構の死は苦渋に満ちている。何故なら革命、クーデターによらぬ自然死だからだ。だからこの戯曲には寂寞感が漂っている。

 今回、<序>と<第一章>のト書きを引用した。佐藤信と黒テントの方法論がわかるからだ。それは<第一章>のト書きに現れている。黒テントはスライド映像を多用した。ベルトルト・ブレヒトが編み出した「異化効果」を援用した演劇論は、自ずと黒テントを移動テント劇場へ向かわせ、テント劇場に適応する演出方法が出来上がった。その代表的なものが映像である。普通なら役者に語らせるエピソードが映像ならほんの数分で終わる。その分舞台にはテンポとリズムが生まれスピーディーになる。センスがいいのだ。黒テントはとにかくカッコ良かった。
 舞台装置も簡素だが凝っている。「腕木にブリキの三日月を吊り下げた電信柱が一本」。これだけのト書きから様々なことが想起される。別役実の電信柱とは違うシュールな事が想像される。電信柱にブリキ製の三日月がぶら下がっているのだ。なにか異様な事が始まる前兆をこのト書きは活写している。

 阿部定は1936年(昭和11年)に男性器をチョン切ったという猟奇事件の犯人である。当時軍国主義が台頭し、我が世の春だったが、庶民にとっては息苦しい時代だった。人々はこの猟奇事件に陰で喝采を送ったという。戯曲は昭和11年、架空の町「東京市日本晴れ区安全剃刀町オペラ通り一丁目一番地」が舞台である。
 エロスの象徴としての阿部定がタナトスの象徴としての天皇制軍事国家を射程する構造を持った戯曲は、しかし、前述したように朝ぼらけのような間の抜けた寂寞だけが残る作品となった。唯一敵のお株を奪ったのは自然死であっても天皇を死なせたことだろうか。

 黒テントは当時全国公演を行っていた。オルグと称して色んな役者、スタッフが全国を回って活動分子を作っていた。この活動に関しては様々な意見があり、今でも黒テントを嫌っている人々はこの活動への懐疑だと思う。かくいう私もそんな黒テントの方法には違和感を覚えたこともあった。が、この「阿部定の犬」仙台公演は活動分子として駆け回った。斎藤晴彦さんとともに居酒屋、喫茶店、政治活動拠点、たまり場など、色んな所へ挨拶とチラシ置きに奔走した日々が今も鮮明に思い出される。斎藤さんとは会う機会もあまりないが、たまにお会いしたときの決まり文句は「相変わらずお元気そうで。」斎藤さんはもう60歳をとうに越えているが様々な舞台で活躍中。生前の渥美清は斎藤さんのファンだったらしく、「男はつらいよ」に斎藤さんをオファーしていた。戯曲の話なのに役者のことになってしまった。

 佐藤信と唐十郎は同じ児童劇団の同期である。赤と黒でアングラ・テント演劇を領導した二人が児童劇団でもライバル同士だったというのは因果噺めいている。

 「阿部定の犬」は晶文社から出版されたが現在絶版。古本屋か図書館にはあるかもしれない。





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