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戯曲の一等最初のト書きが好きである。自分で書くときも一等最初のト書きには精魂を尽くす。それだけ劇世界の出だしは重要であり、これから始まる物語の全てが詰まっていると言っても過言ではない。
演劇生活も30余年になり、読んだ戯曲、演出した戯曲、そして自分が書いた戯曲は優に1000本は越えている。その多くの戯曲の中から毎回1本を取り上げ、ト書きから見える、見えた、見ようとした、未だ見えない様々な風景を書き継いでいく。
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第六篇 フェルナンド・アラバール 「戦場のピクニック」(`67年)
戦場。
舞台には張りめぐらされた鉄条網、砂嚢の山。
戦闘は、今やたけなわである。爆弾の炸裂音、ライフルの銃声、機関銃の火を吹く音。
舞台上には、腹這いになった兵士ザボが只一人、砂嚢の間で震えている。
やがて戦闘は中止される。静寂……。
ザボは起き上がり、傍らの裁縫箱の中から毛糸の玉と編針をとり出し、セーターを編み始める。
突如無線電話が鳴る。                  
                        (若林彰 訳)

 この戯曲の導入部ト書きにシュールレアリスム言語でいうデペイズマン手法がとられている。この手法は不条理演劇、コントなど、いわばリアリズムでは捉えられない世界を描写するときに用いられる。シュールレアリズムのアイテムだから当たり前と言えば当たり前だが。
 ロートレアモンの詩集『マルドロールの歌』に謎に満ちた麗しきフレーズが出てくる。「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会いのように美しい」。このフレーズをシュールレアリスムの創始者・アンドレ・ブルトンが取り上げ、デペイズマンと名付けた。
 異なるものと異なるものが出会ったときに起こる化学反応とでもいうのか、あるべき所にあるべき物が無く、別な物が存在している時の人間の驚き。ずらし、換骨奪胎、フェイント等々。世界の秩序を紊乱・混乱・惑乱・再構築を要請するコペルニクス的展開用語。このフレーズから芸術諸相は大きな後ろ盾をもらったようなものである。幻覚も幻聴も、妄想も幻想も、酒でだろうが・薬でだろうが芸術家の精神内部の世界とのずれが容認されることになった。芸術家の中には天才と狂人紙一重というパーソナリティがごまんといる。どちらのパーソナリティにしても取りあえず彼らの存在のベースがデペイズマンによって確立したと言ってもいいかもしれない。これは日本のアンダーグラウンド演劇以降の劇作家達にも大きな影響を与えたと思う。かくいう私もその一人だが。
 
 戦闘たけなわの戦場で主人公がセーターを編み始めるという行為。この後、主人公ザボの両親がこの激烈な戦闘を繰り返す前線にピクニックにやってくる。これがデペイズマンである。普通ならこんなことはありえないだろうというのがデペイズマンである。
 しかし、どうだろうか?現在の世の中、ありえないだろう!!ということの連続である。毎日のニュースには必ずそんな事件やら人間模様が登場する。ドラマは現実に追い越されて久しい。
 一体私たちの演劇はいつ現実に追い抜かれてしまったのだろう?それは多分、1970年の三島由紀夫自衛隊乱入・割腹事件である。現役の劇作家・小説家が自己の芸術の最高形態を思案した結果、その後誰も到達できない至高の地点に登り詰めてしまった。まったく洒落にならないよ三島さん。
 だから上記の戦場でのセーター編みも驚きではなく、「あるある」になってしまいそうなのだ。虚構が現実に飲み込まれる、現実が虚構化する。現実がヴァーチャル化した世界で不条理演劇は成立するのか?デペイズマンも危機に瀕している。新しい概念の不条理演劇の提示が迫られている。

 先日、仙台にイラクのムスタヒール・アリスというユニットがやって来て公演を行った。(「劇作日記 時々好調」参照)戦争状態の国から家族を置いてやってくるという、その心根が不可思議だ。これこそ不条理かもしれない。これから家族が平和に一生暮らしていけますよと言うご褒美があるわけでもない。かつ、自分たちもイラクに帰ってコンスタントな演劇活動が約束されていることでもない。そして連日家族から、あるいは自分から今日は何もなかった?と国際電話が入るという。ここまでして日本に来る理由。逆の対場を考えてみると自分は国外公演をやるだろうか?
 なんなんだろう?なにか腑に落ちないところがある。勇気、芸術家の鑑、芸術は国境を越えると自分でも思ったし、書いた。しかし…わからない。砂漠の民の人間性が投射されているのだろうか?
 人間は最低の状態になっても演劇を欲するのだろうか?そしてやる側も演劇を提供できるのだろうか?ではイラクのユニットはまだ最低状態にまで落ちてないって事なのか?
 ムスタヒール・アリスの指導者、ドクター・アルカサーブ氏は戦争状態の中でも演劇を作り続ける原動力は「愛と友情と平和」だと語った。教科書的言辞だ。なにかある。もっと違う自分たちが鼓舞される何かがあるはずだ。それを思索し劇作してみようか。それが彼らへの返歌になるように。

 もう40年も前の戯曲だが、今でも、いや今だからこそ、この世の不条理を考えるためには格好のテキストだと思う。

 '04年にアラバールの「ファンドとリス」「祈り」を再構成して『砂の覚醒』という芝居を上演した。本当は『戦場のピクニック』をやりたかったのだが、役者の人数など条件が合わなくて断念した。アラバールはどんな戯曲を読んでも砂漠をイメージさせる。だから『砂の覚醒』というタイトルにし、劇場に2トンの砂を入れた。2トンでは足りなかったが。

 「戦場のピクニック」は現代思潮社アラバール戯曲集第1巻。だが、現在絶版。古本屋では5000円という値段が付いているところもある。

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